国際叡愛総合芸術大学(IEU)のブログをご覧の皆様、こんちはじゃ!芸術学部の和田湊じゃ。今日もワシの釣り上げたばかりのニュースを肴に、特別ゲストをお呼びしておるぞ。

和田 湊
さて、今日の獲物はちと変わった趣じゃのう。KigaZineが報じたところによると、えいこくのデータ分析で、仕事の種類によって貯蓄する能力に差があるらしいのう。金融や営業の仕事をする者は貯蓄が多いが、クリエイターは少ないじゃと。どう思う、堂園ボウズ?

堂園 禅
あぁ~、しんどいなぁ。お金の話は、どうにもこうにも心が淀むねぇ。でもね、和田先生。それって愛なんだと僕は思うんよね。クリエイターは、自分の内なる揺らぎを表現するために、お金を惜しまないというか…。

和田 湊
ふん、愛じゃと? 魚は愛でるもの、などと綺麗事ばかり言って、腹が減っては戦ができんのと同じじゃ。貯蓄は獲物を仕留めるための道具を揃えるようなもんじゃぞ、堂園ボウズ。わしなんか、リールの巻き心地一つに何十万も出すのじゃ。あれは未来への投資じゃな!

堂園 禅
和田先生のリール愛は知ってますよ。でもね、その未来って、数字で測れるものだけじゃないでしょ? 僕なんか、珍しい熱帯魚の水槽に新しいフィルターを入れるだけで、もう心が満たされるんだなぁ。それが僕の貯蓄というか、心の豊かさなんだ。金融や営業職の人は、きっと数字という水槽を完璧に保つことに喜びを感じるんやね。でも、クリエイターの揺らぎは、その水槽を時に濁らせてしまうこともあるんや。

和田 湊
濁らせてどうするんじゃ、ボウズ。それでは食いっぱぐれるじゃろうが。橋本准教授のように、釣った魚で酒を飲むのが生きがいの者はまだ良いがのう、君のような水槽ばかり見ていては、いつか水が枯れるぞ。

堂園 禅
あぁ、橋本先生は強いなぁ。ある意味、究極のクリエイターなのかもしれない。だって、その日その日の感情を肴に生きてるもんね。貯蓄なんて概念、きっと宇宙の彼方だ。でも、和田先生と山本先生なら、無人島で生き残れるって言ってたでしょ? それって、お金じゃなくて、生きる術を持ってるってことやん。クリエイターも同じ。作品を生み出す本能的な力があるから、貯蓄が少なくても生きていけるんだ、きっと。

和田 湊
ふむ、そう来るか。確かに、山本准教授とわしは計画性と本能を兼ね備えておるからのう。だが、このニュースで言われている「計画性や規律がない」というクリエイターの評価も、あながち間違いではないじゃろう?

堂園 禅
うーん、計画性かぁ。それがね、揺らぎを殺してしまうこともあるんだよ。だって、最高のインスピレーションって、予測不能なところから来るもんでしょ? それを追いかけるためには、貯蓄なんて二の次になるのは、ある意味当然だなぁ。

和田 湊
なるほど、その予測不能なインスピレーションのために、道具への投資や準備を怠るわけか。わしの釣りのスタイルとは真逆じゃな!わしは常に準備万端、魚の動きを読み、最高のタイミングで仕留める。それがプロの仕事じゃ。

堂園 禅
それは和田先生の美学だなぁ。でも、僕らが愛する芸術の領域では、その準備万端をあえて崩すことで、新しいものが生まれることもあるんよ。IEUの学生たちも、作品のためならバイト代を全部つぎ込むとか、よくある話だし。あれも愛の形だね。

和田 湊
フン、そうやって甘やかすから、世間知らずの芸術家ばかりが増えるんじゃ。しかし…確かに、この「貯蓄する能力」の差というニュース、IEUにこそ当てはまるかもしれんのう。我が大学の教員や学生こそ、この貯蓄能力の差を体現していると言えるじゃろう。特に、揺らぎを愛する堂園ボウズのような者が多いからこそ、我が大学は予測不能な芸術を生み出し続けているのかもしれんのう。

堂園 禅
まさに、IEUの生態系そのものだなぁ。数字に縛られない自由な魂が、ここに集まってるんだ。しんどいけど、それがこの大学の魅力ってことだね。あぁ、なんだか新しい水槽のレイアウトを考えたくなってきた。

和田 湊
おいおい、もう終わりか? 魚の愛で方について、まだ語り足りんのじゃが…。さて、読者の皆様も、ご自身の仕事における「貯蓄する能力」と「心の豊かさ」について、改めて考えてみる良い機会になったのではないか? 次回もとっておきのニュースで、一本釣りじゃ!フィッシュ!



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