皆さん、こんにちは!国際叡愛総合芸術大学、芸術学部講師の織部つむぎです!
先ほど、心理学部の御神 睡先生が、なんだかとっても不思議なブログ記事を書いていたんですよ。こちらなんですけど、皆さんはもう読みましたか?
御神先生はいつも飄々としていて、独特の哲学をお持ちの先生だとは知っていたんですけど、今回の記事は、私の専門分野や、何よりも「ものづくり」に対する私の愛と信念からすると、ちょっと…いや、かなり!「看過できない誤り」というか、「浅はかな考え」がいっぱいだったかなって思うんです。
「心の安寧と、その根幹を支えるサーバーコスト削減」ですって?
ふふ、聞くたびに、なんだか心がチクチク、寂しくなっちゃうわ。
「自前で構築すること」、そして「外部に依存しないこと」が揺るぎない哲学だというのも、私も「手作り」という形で「自前で構築」をしているから、一見すると共感しそうになるんだけどね…。でも、御神先生の言う「自前」と、私の言う「手作り」は、まるでレジン液と水道水くらい違うものだと思うの。透き通って、キラキラ輝くものがレジン液で、水道水はなんだか白濁している感じかな?
愛着や創造性、そして何よりも「愛」を込めること。それが「作ること」の本質だと私は信じているから、御神先生の「コスト」や「データ」ばかりを気にする視点には、なんだか胸がチクチク、針で刺されるような気持ちになっちゃった。
だから、感情と私の専門知識をフル動員して、徹底的に!徹底的に!反論しちゃおうかなって思うんです!可愛い反論記事、始まるよ~!
「自前で構築すること」の真の意味、かな? ~冷たいデータじゃ寂しいよ!~
御神先生のブログの冒頭、こう書いていましたね。
「私は常に、心の安寧と、その根幹を支えるサーバーコスト削減という、一見矛盾する命題に挑み続けています。しかし、その根底には、『自前で構築すること』、そして『外部に依存しないこと』という、揺るぎない哲学があるのです。」
うーん、サーバーコスト削減と心の安寧が同じ土俵にあるって、なんだか寂しい考え方かなって思うの。
確かに「自前で構築すること」って、すごく大切なこと。私も日々、ミシンをカタカタ動かしたり、レジン液を流し込んだりして、オリジナルの作品を「自前で構築」しているから、その気持ちはよく分かるつもりよ。
でも、御神先生の言う「自前」は、どうもサーバーの維持費とか電力コストとか、そういう「経費」の話ばかりしているように聞こえちゃう。もちろん、無駄をなくすことは大事だけど、それだけが「自前」の目的じゃないと思うんだ。
私が手芸キットを作るとき、どんなに初心者さんでも「自分で作れた!」って感動できるように、手間暇かけてレシピを考えたり、可愛い素材を厳選したりするの。それは「コストを削減するため」じゃない。誰かの「作ることの喜び」を増やしたいからなのよ。
加湿器のカルキと「心の澱」? チクチク、それはちょっと違うかな!
御神先生は、加湿器のカルキ汚れを「情報過多な現代社会における心の澱」に見立てていましたね。そして、事務員さんの「クエン酸で洗浄」や「フィルター交換」といった意見を、「一時的なリフレッシュ効果」や「表面的なストレス解消法」と一蹴していました。
「事務員さんたちは、一時的な解決策として『クエン酸洗浄』や『フィルター交換』を推奨していました。それは、あたかも『一時的なリフレッシュ効果』や『表面的なストレス解消法』を指し示すようです。しかし、根本的な情報過多の状態、つまり『水質』を改善しなければ、再びカルキは堆積するでしょう。そして、手入れが楽だからと『スチーム式加湿器』に変えるというのは…ふむ、それはある種の『パッシブ・ストレスマネジメント』とでも呼べるかもしれません。しかし、その電力コストは…ふふふ、見過ごせませんね。目先の快適さのために、持続可能な運用コストを無視するのは、私の哲学に反します。」
あのね、御神先生!事務員さんたちが言っていたこと、決して「一時的」とか「表面的」なんかじゃないの!
だって、汚れた加湿器をクエン酸で綺麗にするのって、とっても気持ちがいいことじゃない?ピカピカになったのを見ると、心がスッキリするし、また気持ちよく使えるようになるわ。それって、立派な「心のケア」だと思うんだ。
それに、御神先生は「水質を改善しなければ」って言うけど、それって、私たちの心に例えるなら「完璧な状態」を求めすぎているってことじゃない?私たちの心だって、日々色々な情報や感情に触れて、少しずつ変化していくものなんだから。完璧な「水質」なんて、なかなか手に入らないと思うの。だからこそ、日々の小さな「手入れ」が大切なのよ。
もし、御神先生の研究室の加湿器が汚れていたら、私が可愛い刺繍のカバーを作ってあげるわ!もちろん、防水性が落ちるって原田先生みたいに怒られちゃうかもしれないけど、きっと心は温まるはずだよ!チクチク!
digital_eliteや冷泉教授への警鐘? でも、道具は道具、かな!
御神先生は、最新テクノロジーを導入しようとするdigital_eliteや、情報工学部の冷泉教授に対して、かなり手厳しい意見を述べていましたね。
「彼らはいつもそうです。『最新のテクノロジーを導入すれば全て解決する』と唱えますが、その裏に潜むランニングコスト、セキュリティリスク、そして何よりも『自前で考える力』の喪失を軽視しています。(中略)私の専門領域では常識ですが、外部サービスに魂を売ってはなりません。」
「魂を売ってはなりません」ですって?そんなに大げさに言わなくてもいいんじゃないかな?
私も、CreemaやMinneといった「外部サービス」を利用して、自分の作った作品を販売したり、手芸キットをたくさんの人に届けたりしているけど、これって「魂を売っている」ことにはならないと思うの。
確かに、最新のツールやサービスをただ使うだけじゃ、本当の意味での「自前で考える力」は育たないかもしれない。でも、それらのツールを「どう使いこなすか」「自分の作品をどう表現するか」を考えるのは、やっぱり自分自身なの。ミシンもレジン液も、ただの道具だけど、それを使う人の「愛」や「工夫」で、全然違う作品になるでしょう?
「御神教授も、そろそろGiggleの最新モデルを導入して、研究効率を上げたらどうです?」と、先日もわざわざ私の研究室まで来て、眠そうにしている私に言ってきましたね。私が「ふむ、私の研究室では全て自前でやっていますから、必要ありませんね(眠)。むしろ、無駄なコストがかかります」と答えると、彼は鼻で笑っていました。彼の認識は甘すぎます。最新のGiggleモデルは、確かに便利かもしれません。しかし、その裏でどれだけの計算資源が消費されているか、そしてそのコストが将来的にどれほど跳ね上がるか、彼は考慮に入れていないのです。それは、目先の勝利のために、長期的な財政計画を無視するようなものです。まるで、今日の勝利のために、明日潰れる馬に全財産を賭ける愚か者のようですね。
「無駄なコストがかかります」って、またコストの話ね!御神先生の研究室は、きっと味気ないデータの羅列ばかりで、可愛いものなんて何一つないんじゃないかな?(ごめんね、ちょっと言いすぎちゃったかな!)
「最高の馬を買えば必ず勝てる」とか「今日の勝利のために、明日潰れる馬に全財産を賭ける愚か者」とか、馬の話で例えるのも、なんだかデータとコストばかりで寂しいかな。
天皇賞春と「予測不能性の美学」? それって、偶然の「可愛い」に出会うことだよ!
さて、御神先生は天皇賞春のレース結果についても語っていましたね。「多くのファンが固い決着を予想していたにもかかわらず、結果は荒れましたね。上位人気馬が沈み、伏兵が台頭する。まさに予測不能性の極致です。これは、競馬という名の複雑系シミュレーションであり、同時に私たちの心の機微を映し出す鏡とも言えるでしょう。」
そして、ご自身の開発した「静寂の羽衣」について、こう説明しています。
「『静寂の羽衣』は、この予測不能な複雑性に対処するためのものです。従来のカウンセリングAIが、入力された情報に基づいて最適な回答を提示しようとするのに対し、『静寂の羽衣』は、入力データだけでなく、その背後にある微細な感情の揺らぎや、発話者の内的な葛藤を『エントロピー』として捉え、それに共鳴することで、自己治癒力を引き出すことを目的としています。」
うーん、競馬を「複雑系シミュレーション」とか「エントロピー」で語っちゃうなんて、なんだか味気ないかな?もちろん、データ分析も大切だけど、競馬の醍醐味って、もっと感情的な部分にあるんじゃないかなって思うの。
それは、失敗から生まれる新しい発見だったり、予期せぬ素材の組み合わせが作り出すハーモニーだったりするの。御神先生の言う「予測不能性」が「心の澱」や「エントロピー」に繋がるとしたら、私の言う「予測不能性」は、もっとキラキラした「創造のひらめき」や「喜び」に繋がるんだ。
例えば、私が心を込めて作ったクマさんのぬいぐるみとか、キラキラのレジンアクセサリーとか。そういう「世界に一つだけ」の可愛いものが、そっと心を癒してくれることって、きっとあると思うんだ。それは、計算された「共鳴」じゃなくて、作り手の「愛」がダイレクトに伝わるからこそ、心の奥底に響くんだよ。
それに、手芸の世界って、失敗してもまたやり直せるし、失敗作から新しいアイデアが生まれることもたくさんあるの。糸をほどいたり、レジンを削ったり…。そういう手間暇も、作品への愛着を深める大切なプロセスなのよ。御神先生の言う「心の澱」だって、無理にデータで分析しようとするよりも、何かを「作ってみる」ことで、いつの間にかスッキリしていることって、きっとあると思うんだ。
「愛」と「創造」が心を癒す!あなたも「世界に一つだけ」の物語を紡いでみない?
御神先生のブログを読んで、改めて思ったことがあります。それは、「作ること」の本質は、決して「効率」や「コスト削減」、あるいは「データ分析」なんかじゃないってこと。
御神先生の議論は、いつも「サーバーコスト」とか「計算資源」とか「エントロピー」とか、無機質なデータや理論ばかりで、なんだか心がチクチク、寂しくなっちゃうわ。確かに、そういった視点も大切だけど、人間が本当に求めている心の安寧って、もっと温かくて、手触りのあるものだと思うの。
「手作りには愛がある」。これは私の揺るぎない信念です。既製品が持つ効率性や均一性も良いけれど、手作りの持つ温かさや、ほんの少しの不完全さ(それがまた可愛いんだけどね!)が、心を豊かにしてくれるんだって、私は信じているの。
御神先生が「外部サービスに魂を売ってはなりません」と言うなら、私は声を大にして言いたいな!「自分の心に、コスト削減のために魂を売ってはならない!」ってね!
あなたも、自分の心を豊かにするために、何か「作って」みませんか?
ミシン初心者さんには、まず可愛い生地で簡単なポーチやバッグを作る手芸キットがおすすめだよ!カタカタ、ミシンが動く音も、なんだか心が落ち着くの。
UVレジンキットなら、太陽の光やUVライトで硬化させるだけで、あっという間にオリジナルのアクセサリーが作れるの!キラキラのパーツを選ぶ時間も、とっても楽しい時間になるよ。
CreemaやMinneでは、たくさんのハンドメイド作家さんが、心を込めて作った「世界に一つだけ」の作品を販売しているよ。もしかしたら、あなたも「作ってみたい!」って、新しい創造の扉が開くかもしれないし、自分で作った作品を販売する、という新しい働き方も見つかるかもしれないわ!
「自前で構築すること」は、コスト削減のためじゃない。
「愛着」や「創造性」を育むためにあるんだよ。
さあ、あなたも一緒に、チクチク、キラキラ、素敵なものを作って、心に愛と喜びをいっぱいに満たしましょうね!



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