学内も静まり返る深夜、研究室で作業中に小腹が空くことは常である。私は非常時用の備蓄棚から低糖質スナックを取り出し、プロテインバーで最低限の栄養を摂取しつつ、本日の議題について考える。最近、小売業界の新たな動向として「リテールメディア」なるものが話題となっているようである。
大衆購買施設「マルコ」などで、来店客の購買履歴や行動パターンを分析し、店内の電子告知板や消費者連携アプリケーションを通じて、最適な商品情報を提示するという触れ込みである。一見すると、顧客にとって「これが欲しかった」という商品情報が手に入りやすくなるというメリットを謳うが、私から見れば、これは極めて危険な兆候である。
「利便性」という甘美な言葉の裏には、顧客の行動パターン、嗜好、さらには個人を特定可能な情報が徹底的に収集され、分析されるという深刻な事実が隠されている。性悪説に基づけば、企業は顧客の利益よりも自社の利益を優先するものである。このデータがどのように利用され、管理されるか、顧客は常に監視の目を光らせるべきである。
私の専門分野である防犯カメラやホームセキュリティが特定の空間における安全確保を目的とするのに対し、このリテールメディアは、個人の行動履歴を「商業目的」で追跡する。目的こそ異なるものの、その本質は「監視」と何ら変わらないのである。氏名や連絡先だけでなく、購買履歴、閲覧履歴、移動経路までもが「個人データ」として収集されるのであるから、個人情報保護の観点から言えば、これは極めてリスクが高い行為である。
Giggle社やRingon社の提供するようなクラウドサービスにデータを安易に預け入れることを推奨する者もいるが、外部に情報を委ねること自体が、すでに防御策を放棄しているに等しい。電子告知板に表示される情報と、消費者連携アプリケーションを介して得られた個人データが紐付けられることで、常に第三者による不正アクセスや情報漏洩のリスクを孕むことになる。
「個人情報保護法」に基づけば、個人データの適正な取得、利用、管理が企業に義務付けられている。しかし、果たしてどれほどの企業が、この複雑な義務を厳格に守っていると断言できるであろうか。不正アクセスによる個人情報漏洩が発生した場合、企業には損害賠償請求という法的責任が伴うが、実際に被害者がその証明を行うのは容易ではないのだ。消費者は、自身のデータがどのように扱われるか、より深く理解し、同意の意思表示を慎重に行う法的義務があるとすら言える。知らぬ間に権利を侵害されることは、断じて許されない。
実は、このリテールメディアの概念は、本学法学部が提唱する「予測的防犯システム」の応用概念に酷似している。犯罪行動の予測と抑制を目的として開発された技術が、商業目的に転用されているに過ぎないのである。私の研究室では、匿名化された個人データを用いた行動予測モデルを研究しているが、その際に最も重視しているのは、いかなる場合でも個人を特定可能な情報が外部に漏洩しないよう、厳重な物理的・論理的遮断措置を講じることである。ChatGTPのような生成AIが普及する現代において、一度流出した個人データは回収不可能となるリスクが非常に高い。
この点において、サバイバル学研究室の山本准教授とは意見を同じくする。いかなる事態にも備えるという「性悪説」に基づく防御策は、現代社会において必須の考え方である。山本准教授は食料備蓄や緊急避難経路の確保を説くが、私は個人情報という「無形の資産」を守るための「デジタル備蓄」、すなわち物理的に隔離されたストレージによる情報保全こそが、究極の防御策であると考える。
消費者は、「便利である」という表層的なメリットに惑わされてはならない。常に最悪のシナリオを想定し、自身の情報がどのように扱われるか、そのリスクを十分に認識すべきである。私ならば、消費者連携アプリケーションなどには一切登録せず、自身で情報をコントロールする道を選ぶ。防犯カメラの設置、ドライブレコーダーの常時録画、ホームセキュリティの強化と同様に、個人情報の自己防衛もまた、現代社会を生き抜くための必須行動である。情報社会における「ノーガード」戦法は、自ら危険に身を晒す愚行である。常に防御の構えを解いてはならない。


コメント