うむ、ワシは国際叡愛総合芸術大学、海洋学部准教授の和田 湊じゃ。
どうやら、同じ大学の経営学部におる黒石 零教授というおかしなボウズが、また何やら奇妙なことを吹聴しとるらしいのう。なんじゃ、「先延ばしこそ戦略的思考の証」じゃと? 馬鹿も休み休み言えという話じゃ。ワシの釣りの経験から言わせてもらうと、そりゃあただの怠慢か、はたまた浅はかな小細工に過ぎんのじゃ。
世の中には、見極めるべき「待ち」と、ただの「サボり」がある。それを混同するとは、まるで根掛かりと大物の引きを見分けられん素人同然じゃのう。
さて、ワシの専門は釣具、特にロッドやリール、クーラーボックスに釣りウェア、そして魚群探知機といった、自然と対峙するための「道具」じゃ。道具というのはな、ただ手元にあれば良いというものではない。その特性を理解し、使いこなし、そして何よりも「手入れ」を怠ってはならんのじゃ。
しかし、この黒石ボウズのブログ記事(黒石 零教授のブログ記事はこちらじゃ)を読んでみたら、まったく呆れてものも言えん。道具を軽んじ、自然の摂理を無視し、挙げ句の果てに自らの怠慢を「戦略」と称するとは、とんでもない思い上がりじゃ。
ワシが長年、海の上で培ってきた知識と経験、そして何よりも「哲学」をもって、この浅薄な「先延ばし」論とやらを、徹底的に論破してやるボウズじゃ! 魚が水中で暴れるように、このブログを揺るがしてやるのじゃ!
愚かなる「マイク不調問題」――道具への無理解こそが、最大の戦略的敗北じゃ!
黒石ボウズは、冒頭から学内のマイク不調をあげつらい、まるでそれが「凡庸な機械」のせいで、自身の「超高次元な音声出力」に対応できないからだと宣っておるのう。
ふん、笑止千万じゃ! その論理は、まるで「ワシの腕が良すぎるから、このロッドは魚に勝てん!」とでも言っとるようなものじゃのう。
道具というものはな、それぞれに特性がある。ロッドには硬さや長さ、調子があり、リールにはギア比やドラグ性能がある。マイクも同じじゃ。指向性、感度、周波数特性、様々な種類がある。一流の釣り師は、状況に応じて最適なロッドやリールを選ぶし、それが手元にない時は、今ある道具の性能を最大限に引き出す工夫をするもんじゃ。
黒石ボウズは自分の声を「超高次元」などと嘯いておるが、それならば、なぜその「超高次元な音声」に合うマイクを選定せぬ? あるいは、今あるマイクの「凡庸」な性能を理解し、それに合わせて「凡庸」な使い方をするか、あるいは「凡庸」なマイクでも「非凡」な効果を発揮させるような「技術」を磨くのが、真の「戦略的思考」というものじゃろうが!
「凡庸性への最適化」が愚かしい設計思想じゃと? 馬鹿を言え! 多くの人が使いやすいように設計された道具こそ、真に洗練された道具じゃ!
例えば、ワシらの使うクーラーボックス。過酷な海上での使用に耐え、長時間の保冷性能を持ちつつ、扱いやすいサイズや開閉機構を備えておる。これはまさに「凡庸性への最適化」の結晶じゃ。誰でも新鮮な魚を持ち帰れるように、という設計思想が込められておるのじゃ。それを愚かしいとは、どれだけ視野が狭いんじゃ、このボウズは。
「緩慢な対応」は「非生産的な先延ばし」? お前こそ準備不足の怠慢じゃ!
黒石ボウズは、マイクの調整が「緩慢」であることについて、こんなことを言っておるのう。
ほう、他者の対応を「非生産的な先延ばし」と断じるか。では聞くが、お主はマイクの不調に気づいてから、すぐに適切な対応を求めたのか? それとも、自分の「超高次元な声」がマイクを壊したなどと、無駄な思索に耽っていただけではないのか?
ワシらにとって、釣りに行く前の準備というのは、何よりも重要じゃ。ロッドやリールの点検、ラインの巻き替え、ルアーのフックチェック、釣りウェアの準備、クーラーボックスの氷の確認……。これらの準備を怠れば、いざという時に大物を逃がしてしまう。あるいは、思わぬ事故に繋がることもある。
「全く生産的ではない」だと? お主がそうやって不満を垂れている間にも、実際に道具を手入れし、環境を整え、来るべき時に備える者がおるんじゃ。それは「先延ばし」ではなく、未来の「大漁」のために、今「最善を尽くす」ことじゃ。お主の「先延ばし」とやらは、ただ問題から目を背け、思考を停止させとるだけじゃろうが!
「のど飴」「マヌカハニー」が対症療法じゃと? 自然の恵みを軽んじる浅はかさよ!
次に、喉の保護策として挙げた「のど飴」や「マヌカハニー」についてじゃ。
まったく、自然の恵みを「対症療法」「気休め」「威厳に関わる」などと、軽々しく扱うとはな。お主は一体、何を学んできたんじゃ?
ワシらは、釣りの最中、時には想像を絶する悪天候に遭遇することもある。強風、雨、波、そして凍えるような寒さじゃ。そんな時、体を守るのが釣りウェアじゃ。最新のゴアテックス素材は、防水性、透湿性に優れ、体を常にドライに保ってくれる。しかしな、最終的に体を温め、エネルギーを補給するのは、温かい飲み物や、体を内側から温める食事なんじゃ。
「のど飴」や「マヌカハニー」は、確かに一時的なものかもしれん。しかし、その一時的な癒しが、集中力を保ち、体を労わり、次の行動への活力を生むこともあるんじゃ。それを「戦略的価値が低い」と一蹴するとは、お主は自分の体の声を聞くことすらできんのか?
「機能性のど飴」を「声域拡張モジュール」じゃと? そんな御託を並べる前に、自分の体に必要なものが何なのか、真剣に考えるべきじゃろうが。
「マヌカハニー」を「威厳に関わる」から講義中に舐められん? 魚からすれば、ワシらがどんな顔をしてエサを食うとるかなど、知ったこっちゃないわ! 大事なのは、今この瞬間に必要な「滋養」を取り入れることじゃろう。自分の体調を整えることは、あらゆる「戦略」の基本中の基本じゃ。それができずに、何が「戦略」じゃ!
「ポータブル拡声器」が最適解? 道具を「威張るため」に使う愚かさよ!
そして、お主が導き出したという「暫定的な最適解」じゃ。
「暫定的な最適解」がポータブル拡声器だと? ふざけるのも大概にせい! それは問題を根本的に解決するものではなく、ただ「自分の声を大きくする」という、極めて単純で短絡的な解決策に過ぎんじゃろうが!
道具というものはな、目的のためにあるんじゃ。魚群探知機は魚の群れを見つけるためのものじゃし、ロッドは魚を掛けて引き寄せるためのものじゃ。決して、自分の存在を誇示するためや、他人を威嚇するためにあるのではない。
お主がポータブル拡声器を使って何をしたいんじゃ? 自分の声を「革命用広範囲音声拡散装置」として使うじゃと? そんなに大声を出して、何を伝えたいんじゃ? 魚はそんな大声では寄ってこんぞ。むしろ逃げていくわい!
「デザインが凡庸では美学に反する」だと? お主の言う「美学」とやらは、一体何を見とるんじゃ? ワシらにとっての道具の「美学」とは、機能美じゃ! 長年の使用に耐えうる頑丈さ、魚の微細なアタリを伝える感度、力強い引きにも負けない剛性、そして何よりも使いやすさじゃ!
奇抜なデザインの拡声器を振り回して、「これがワシの美学じゃ!」などと叫んでも、誰も尊敬などせんわ! それは自己満足に過ぎん。
「Giggle Glassのようなスマートグラスと連動させ、指向性音響投影システム」だと? そんな小難しいことを考える前に、目の前のマイクを修理させるか、自分で新しいマイクを買うか、あるいは自身の発声練習でもせんかい! 遠回しで無駄な思考こそ、お主の「非生産的な先延ばし」の典型じゃろうが!
二ノ宮教授への無礼千万な批判――運動を軽視する、机上の空論家よ、喝采を浴びろ!
そして、極めつけは、二ノ宮教授への言及じゃ。ワシは二ノ宮教授とはそこまで面識があるわけではないが、その言葉には到底看過できんものがある!
「無駄に健全な肉体」?「脳筋即断」?「運動など、無益極まりない」?
聞くがいい、黒石ボウズ! お主は一度でも、真剣に体を動かし、汗を流し、自然と対峙したことがあるのか?
ワシらが海に出るというのはな、まさに体力と知力、そして経験の総合力勝負じゃ! 荒れる波の上でバランスを取り、重い道具を運び、何時間も立ちっぱなしで竿を振り続ける。これには強靭な肉体が必要不可欠じゃ。しかし、ただの「脳筋」で魚が釣れるわけではない。魚の居場所を特定するための魚群探知機の使い方、潮の流れや風向きを読む知恵、そして魚の引きをいなし、ラインブレイクを防ぐための繊細なロッドワークとリール操作。これら全てが揃って初めて、大物を手中に収めることができるんじゃ!
「体力勝負で物事を解決しようとするその発想こそ、『戦略的敗北』の証だ」じゃと?
ならば聞くが、体力もなく、ろくに体を動かすこともできん者が、いざという時に、この世界を、あるいは自分の身すら守れるとでも言うんか?
ワシはな、時に危険な場所にも釣りに行く。荒れた磯場を歩き、足場の悪い場所で大物と格闘する。そんな時に必要なのは、理論だけではない、「生き抜くための本能」と「それを支える体力」じゃ。
お主が言う「緻密な戦略」とやらは、おそらく机の上で完結する絵空事じゃろう。だが、ワシらのフィールドである「自然」は、お主のそんな「緻密な戦略」など、一瞬で吹き飛ばしてしまう力を持っとるんじゃ! 自然の前では、小手先の「戦略」など無力じゃ!
「先延ばし」は「隠れた才能」ではない! 獲物を逃すだけの愚行じゃ!
最後に、お主が提唱する「先延ばし」論の核心についてじゃ。お主はそれを「隠れた才能」とまで言っておる。
まったく、耳が腐るわ! 「先延ばし」が「隠れた才能」だと? それはな、ただの「チャンスロス」じゃ!
ワシらの釣りには、「時合い」というものがある。魚の活性が高まり、一気に釣れ出すゴールデンタイムじゃ。朝マズメ、夕マズメ、潮止まりからの動き出し……。この「時合い」を逃せば、その日はボウズじゃ。釣れるまで待つワシの「忍耐力」は、この「時合い」を逃さぬための「集中」と「準備」と「待機」であって、決して「先延ばし」ではないんじゃ!
ビジネスの世界でも同じじゃろうが。顧客のニーズを先延ばしにすれば、競合他社に先を越される。技術革新を先延ばしにすれば、時代に取り残される。危機管理を先延ばしにすれば、取り返しのつかない事態を招く。
それが「隠れた才能」じゃと? 馬鹿を言え! それは「隠れたリスク」であり、「隠れた破滅の兆候」じゃろうが!
人生も釣りも、チャンスは一瞬じゃ。その一瞬を逃さぬためには、日頃からの「準備」と、「いつでも行動できる状態」を保つ「意識」が重要なんじゃ。お主は、その「準備」と「意識」を「先延ばし」という言葉で誤魔化しておるだけじゃろうが!
結論じゃ! 机上の空論より、海に出る覚悟を持て、黒石ボウズ!
黒石ボウズの「先延ばし」論は、ワシから見れば、自然に対する畏敬の念も、道具に対する敬意も、そして何よりも「実践」と「経験」の価値を全く理解しておらん、机上の空論に過ぎん。
お主がいくら「深淵なる洞察」などと嘯こうが、実際には目の前のマイク一つ満足に使いこなせず、自分の喉のケアすら「威厳」とやらで誤魔化す始末。そんな状態で、一体何が「戦略的思考」じゃというんじゃ?
真の「戦略」とは、目の前の問題から逃げずに、あらゆる要素を考慮し、最適な道具を選び、最高のタイミングで行動に移すことじゃ。それはな、釣りの世界でワシらが日々実践しとる「生きるための知恵」そのものじゃ!
もし本当に「隠れた才能」とやらを発見したいのなら、たまにはその「戦略的VRシミュレーションラボS-01」とやらを出て、この広大な海に出てみるがよい。
そこには、お主の薄っぺらな「理論」など通用せん、厳しくも美しい現実がある。ロッドの感触、リールの巻き心地、魚の引きの強さ、潮風の匂い、太陽の光……。五感を研ぎ澄ませて、体全体で自然を感じてみろ。
そうすれば、きっとわかるはずじゃ。道具への理解、身体を動かす喜び、そして何よりも「待つこと」の真の意味がな。
机の上で「先延ばし」を語る暇があるなら、新しいリールのメンテナンスでも学ぶがよい。その緻密なギア構造や、ドラグの調整一つにも、お主が言う「深淵なる洞察」が隠されておるぞ。
ワシはいつでも、お主を海に連れて行く準備はできとるぞ、黒石ボウズ! ただし、お主のその「威厳」とやらが、ワシの船で魚の血を浴びることに耐えられるかどうかは、保証できんがな!
さあ、人生の竿を垂らせ! 大物は、お主が思っとるような小手先の「先延ばし」では、絶対に釣れんフィッシュ!



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