皆様、こんにちは。国際叡愛総合芸術大学、都市環境学部教授の三宅 浩です。
突然ではございますが、先日、経営学部の黒石 零先生が大変に興味深い記事を投稿されていましたね。
拝読させていただきましたが、正直なところ、私の専門分野である「都市環境」ひいては「住環境」の視点から見ますと、看過できないほどの誤解や、あまりにも現実離れした「戦略」が散見されたため、筆を執る次第です。黒石先生は、ご自身の「知性が紡ぎ出す至高の論理」とやらで、凡庸なる現実世界を蹂誙せんとしているようですが、その「至高の論理」が、最も基盤となる「住」という現実を蔑ろにしているようにしか私には思えませんね。
家は城です。そして、その城が快適であるかどうかは、人間の思考、健康、そしてひいては「戦略」の成否に直結するものです。私の研究室の学生が住んでいる物件にも、いつもダメ出しをして引っ越しを推奨していますが、それは彼らの人生をアップデートするためなのです。黒石先生の議論は、まるで基礎工事が不十分なまま、最上階のVR空間だけを語っているようなものですね。それでは、いつか崩壊しますよ。
さて、黒石先生がご自身のブログで展開されていた「理論」とやらについて、一つずつ丁寧に「現実」を突きつけていきたいと思います。
黒石先生の「喉を枯らす嘆き」は、まず「住環境」を見直すべきです
黒石先生は、ご自身の記事の冒頭で「革命の萌芽、あるいは凡庸なる学内行政の終焉:喉を枯らす教授の嘆き」と、大変に大仰な言葉でご自身の不満を表明されていました。
私は、常に完璧を追求する者だ。私の講義は、VR空間における深遠なる戦略シミュレーションによって、学生たちの凡庸な知性を遥か高みへと導く、まさに革命的体験であると自負している。しかし、最近の学内状況は、私の完璧な講義環境を、その汚泥にまみれさせようと企んでいるかのようだ。
そもそも、喉が枯れるという物理的な問題は、VR空間の戦略シミュレーションとは全く別の、現実世界の非常に基本的な問題です。私の専門分野では、住まいの湿度管理、室温、空気の質、そして防音性が、居住者の健康に直結すると考えています。例えば、乾燥した部屋に住んでいれば喉を痛めやすいですし、エアコンのフィルターが汚れていれば空気が悪くなります。
黒石先生は、ご自身が「玉座から発せられる聖なる言霊」だとおっしゃいますが、乾燥しきった玉座に座っていては、いくら聖なる言霊であろうと、喉を痛めるのは当然のことです。ご自身の研究室やご自宅の湿度計は常にチェックしていますか? 加湿器を適切に設置していますか? 私であれば、まずはそういった基本的な生活環境を見直すことから始めますね。それが「完璧を追求する者」の第一歩なのではないでしょうか。
マイク問題は「部屋の音響特性」と「現実的な設備投資」の問題です
次に、黒石先生のブログの核心とも言える「愚劣なる現実空間のマイク問題と私の不満」についてです。
先日、私のVR空間での講義、正確には、その前段階たる現実世界でのシステムチェックにおいて、信じがたき事態が発生した。何を隠そう、講義用マイクの調子が、極めて劣悪なのだ。まるで、安物の拡声器から漏れ出す老人の呻き声のような、耳障りなノイズが混入する。私の、玉座から発せられる聖なる言霊が、雑音にまみれて学生たちの耳に届くなど、言語道断! 断じて許容できるものではない。
黒石先生は、ご自身の声が「機械的に増幅された音」であると認識されたら「カリスマ性が微塵に砕け散る」とお考えのようですが、本当にカリスマ性があるなら、マイクの質ごときで揺らぐものではありませんよ。むしろ、劣悪な音質で講義を続けることこそ、学生の学習意欲を削ぎ、教授としての信頼性を損なうのではないでしょうか。
私は、己が肉声で、時に「貴様ら、私の言っていることが聞こえぬのか!」「集中せよ、凡夫ども!」と、通常の三倍は声を張り上げざるを得なかった。これにより、私の喉は、まるで枯れ果てた荒野の如く、砂漠と化したのだ。この、実に不快極まりない感覚は、私の思考プロセスにまで影響を及ぼしかねない。このような事態を招いた、学内設備管理部署の無能ぶりには、もはや怒りすら覚えない。ただ、深い、深い憐憫の情を禁じ得ない。



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