どうもどうも、国際叡愛総合芸術大学 海洋学部准教授の和田 湊じゃ。
ワシは一年の半分を船の上で過ごす男じゃが、今日は珍しく陸に上がって、少々物申したいことがあるのう。
同じ大学の福祉学部、亀井 玄先生が先日、実に興味深い(というより、看過できない)記事を投稿しておったな。
亀井先生の記事はこちらじゃ → 長寿人生の「打鍵感」と「終活」:デジタル機器が織りなす豊かな老いの準備じゃな
ふぉっふぉっふぉ。ワシの潮風で鍛えられた耳にも、亀井先生の言いたいことはしっかり届いたぞ。なにやらデジタル機器がどうとか、打鍵感がどうとか、終活がどうとか……。耳が遠いフリをしておると言うが、ワシからすれば、亀井先生の思考こそが「本物の人生から遠く離れておる」と言わざるを得ないのう。
ワシの専門は釣具、特にリールの巻き心地やロッドの感度、魚群探知機の奥深さじゃ。そして、何よりも自然との対峙、海との駆け引きにこそ、人生の真理があると考えておる。亀井先生の言う「豊かな老いの準備」とやらも、結局はデジタル機器の先に夢を見ているだけじゃろ? そんなものは、海の上では何の役にも立たん、砂上の楼閣に過ぎんのじゃ!
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デジタル機器の充電切れ? それは「海への準備」不足じゃ!
亀井先生は記事の冒頭でこう言っておったな。
「いやはや、最近の学生諸君は、実にエネルギッシュじゃな。ただ、そのエネルギーの源たるデジタル機器の管理が、どうも抜けているようじゃ。学内では毎日のように、どこかしこで「スマホの充電がぁ!」などという悲鳴が上がっておる。」
ふぉっふぉっふぉ! スマホの充電が切れて悲鳴だと? そんなものは、単なる「情報断ち」という修行のチャンスじゃろが! ワシから言わせれば、デジタル機器の充電切れで騒ぐこと自体が、あまりに浅はかな考えじゃ。
「いざという時に連絡が取れない、大切な情報にアクセスできない」?
亀井先生はそう言うが、真の「いざ」という時に頼りになるのは、デジタル機器の向こう側の情報ではないのじゃ。
それは、己の五感、自然を読み解く力、そして長年の経験に裏打ちされた判断力じゃ! 嵐の予兆を肌で感じ、潮の流れを読み、魚の活性を水面の僅かな変化から察知する。これこそが、命を守り、豊漁を呼ぶ真の情報アクセスじゃろ!
亀井先生は「デジタル機器の管理は、まさしく人生の準備と通ずるもんがあるじゃな」と述べておったが、ワシから言わせれば、人生の準備とは、自然と対峙するための物理的な準備と、精神的な覚悟に尽きるじゃろ。
クーラーボックスの保冷力、釣りウェアの防水性、ロッドの強度、リールの耐久性。これらの「アナログ」な道具へのこだわりと、それらを使いこなすための日々の鍛錬こそが、人生を豊かにし、「いざ」という時に役立つ真の準備じゃ!
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「目先の利益」に囚われているのは、デジタル機器に依存する亀井先生じゃ!
亀井先生は金子教授を「目先の利益に囚われておる」と批判しておったな。
「金子教授はいつもワシの資産を狙っておるようじゃが、そんな目先の利益に囚われていては、人生の終盤で痛い目を見るじゃろうに。資産形成も大事じゃが、それ以上に、健康寿命を長く保ち、その資産をどのように賢く使うか、そして誰に継承するか、それが一番大事じゃとワシは思うんじゃがな。」
ふぉっふぉっふぉ。実に耳が痛い話じゃのう。だが、この言葉、そっくりそのまま亀井先生自身に返してやろうじゃろ!
ワシが考える「健康寿命を長く保つ」秘訣は、海の上で全身を使い、太陽と潮風を浴び、自然の厳しさに耐えることじゃ!
重いクーラーボックスを運び、大物と格闘し、時に荒波に揺られる。これこそが、筋力、体力、精神力を総合的に鍛え上げ、真の健康寿命を延ばす方法じゃろ!
そして、「資産をどのように賢く使うか」じゃと?
ワシの「資産」は、高級リールの滑らかな巻き心地、魚群探知機が映し出す海底の地形図、そして何よりも、この海で得た「生きる知恵」と「自然との共生」の精神じゃ。
これらの資産を、ワシは未来の学生たちに、この身をもって「釣り」という形で継承しておるじゃろ! 講義で釣り堀に行くのは、机上の空論ではなく、体で学ぶことが一番じゃからじゃ!
金子教授が言う「効率化!」「レバレッジ!」も、道具選びにおいては重要じゃ。
安物のロッドやリールで大物を狙っても、糸が切れ、ロッドが折れ、結局は何も残らん「ボウズ」じゃ。
高品質な釣具への投資は、単なる趣味ではなく、自然との真剣な対話のための「賢い先行投資」じゃ! これこそが、長期的な視点でのリターンを生むのじゃ!
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猫の恩返しも結構じゃが、海の恩返しを知っておるのか?
亀井先生は藤田教授を褒め称え、猫への遺産寄付などと冗談めかしておったな。
「藤田教授は、生き物の命を大切にする、実に心の清らかな人物じゃ。ワシも、ワシがこの世を去った後も、大切な資産がきちんと有効活用されることを願っておるからのぅ。猫たちの豊かな暮らしのために使われるのであれば、これほど嬉しいことはないじゃろう。」
ふぉっふぉっふぉ。猫の命も大切じゃろう。ワシも嫌いではないぞ。
だがな、亀井先生よ、水槽の中の猫を慈しむことと、大海原の生き物たちの命を慮ることは、次元が違う話じゃろうが!
ワシがこの世を去った後に残したい「資産」は、猫の餌代ではないのじゃ。
それは、豊かで健康な海、持続可能な漁業、そして未来の釣り師たちが、ワシと同じように自然との対話を楽しめる環境じゃ!
ワシは常に、釣りを通じて海の環境保全の重要性を訴えておる。適切なサイズの魚だけを釣り、乱獲を避け、ゴミは必ず持ち帰る。これこそが、海の生物たちへの「恩返し」であり、子孫へと繋ぐべき真の「資産継承」じゃろ!
亀井先生は「生き物の命を大切にする、実に心の清らかな人物じゃ」と藤田教授を評価するが、ワシから見れば、自然の厳しさや循環の中に身を置き、命の重みを実感することこそが、真に「清らかな心」を育むと信じておるじゃ!
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「高性能集音器」と充電の問題? ワシが聞くのは自然の音色じゃ!
亀井先生は、大谷教授に勧められたという「高性能集音器」について言及しておったな。
「大谷教授によると、最近のデジタル機器は、単に高機能なだけでなく、健康管理や生活の質向上に寄与するものが増えておるらしい。ワシの集音器も、単に音を増幅するだけでなく、ノイズキャンセリング機能や、周囲の環境音を最適化する機能なども搭載されておるようじゃ。ただ、ワシは都合の悪い話は聞かない主義じゃから、それらの機能はあまり使っておらんがな。」
ふぉっふぉっふぉ。都合の悪い話は聞かない主義じゃと? それは結構じゃな!
だがな、ワシが本当に聞きたいのは、デジタル機器が奏でる人工的な音や、ノイズキャンセリングで遮断された静寂ではないのじゃ!
亀井先生は「デジタル機器を賢く活用し、快適な長寿人生を送るための工夫が必要じゃ」と言うが、ワシから言わせれば、デジタル機器に依存しすぎると、かえって五感が鈍り、自然から遠ざかることで、心身の健康を損なうことになりかねんじゃろ!
快適さばかりを追求して、自然の厳しさから目を背けていては、真の「長寿人生」など謳歌できんじゃ!
「いざ」という時に連絡が取れない、大切な情報にアクセスできない、という心配もわかる。
だが、災害時に本当に役立つのは、スマホの充電が満タンであることではないのじゃ。
それは、自然に対する知識、サバイバルスキル、そして冷静な判断力じゃ!
ワシのクーラーボックスは、釣った魚を冷やすだけではない。災害時には食料や水を確保する重要なアイテムになるし、釣りウェアは悪天候から身を守るシェルターにもなるじゃろ! これこそが、実生活に根差した「デジタル・ウェルネス」じゃ!
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「打鍵感」だと? ボウズじゃ! ワシが説く、魚信(アタリ)を感じる指先と人生の快感じゃ!
さあ、いよいよ亀井先生のメインテーマじゃな。
「最近、とある情報技術系のブログで、「ThinkPadの打鍵感をデスクトップで。外付けキーボードに変えたら執筆の快感が別物だった」という記事を見かけたのじゃ。なるほど、今の若い者たちは、キーボードの「打鍵感」などというものに、そこまでこだわるのかと、少々驚いたもんじゃ。だが、よくよく考えてみれば、これはワシらの世代にとっても、実に重要なテーマじゃな。」
ふぉっふぉっふぉ。打鍵感だと? プラスチックのキーを叩いたところで、何が「快感」じゃ! そんなものは、ただの人工的な自己満足に過ぎんじゃろ!
ワシが真に「指先の運動」として推奨するのは、リールの繊細な巻き上げ動作じゃ!
高級リールの巻き心地は、まるで生き物のように滑らかで、指先に吸い付くような感覚じゃ。
ラインを通して伝わる、海底の石、砂地の変化、そして何よりも「魚信(アタリ)」という生命の息吹!
指先でこの微細な変化を察知し、瞬時に反応して合わせる動作こそが、究極の脳トレであり、本物の「指先のリハビリテーション器具」じゃろ!
亀井先生は「人生の最後まで、自分の指で、自分の言葉を紡ぐ。これこそが、豊かな長寿人生の醍醐味じゃ」と言うが、ワシはこう言いたい。
「人生の最後まで、自分の指で、ロッドとリールを操り、大海原の魚たちと対話する。これこそが、真の豊かな長寿人生の醍醐味じゃ!」と!
キーボードを叩いて紡ぐ言葉は、画面の中の仮想世界で完結するかもしれん。
だが、ワシが紡ぐのは、自然との駆け引きから生まれる、本物の物語と、食卓を彩る生命の恵みじゃ!
金子教授が言う「AIで代替すれば良い!」という言葉を、亀井先生は批判しておったが、キーボードの打鍵も、やろうと思えばAIでいくらでも代替可能じゃろう。
だが、魚信(アタリ)を感じ取り、大物と格闘し、自然と一体となる感覚だけは、AIには絶対に代替できんじゃろ!
ワシからすれば、亀井先生の言う「打鍵感」にこだわること自体が、デジタルという狭い箱の中に閉じこもった、極めて「非効率」で「レバレッジの効かない」生き方じゃと、断言できるのじゃ!
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終活ではなく「海活」じゃ! 五感を研ぎ澄まし、人生を「爆釣」させよ!
亀井 玄先生よ、あなたの言う「終活」とやらは、あまりにもデジタル機器に偏りすぎとるじゃろ!
そんなもの、所詮はバーチャルな世界の中での小手先の準備に過ぎん。
ワシが推奨するのは、「海活(うみかつ)」じゃ!
これら全てが、亀井先生の言う「健康寿命を長く保ち、その資産を賢く使う」ことに直結する、真の「豊かな老いの準備」であり、「人生の醍醐味」じゃろ!
人生も釣りも、ただ情報を集めるだけではボウズじゃ!
実際に糸を垂らし、肌で感じ、五感を研ぎ澄ますのじゃ!
さあ、亀井先生よ! いつまでも福祉学部の研究室でキーボードを叩いておらず、一度ワシと一緒に船に乗ってみんか?
この大海原で「打鍵感」などというチンケな快感とは比べ物にならん、本物の「魚信(アタリ)」と「生命の躍動」を、指先と全身で感じさせてやるからのう!
それが、あんたにとっての、本当の「デジタル・デトックス」になるじゃろう!
では、海で会おうじゃろ! 爆釣フィッシュ!


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