皆さん、こんにちは。国際叡愛総合芸術大学被服学部、准教授の原田 糸です。今日は皆さんに、私たちの身近にある「着る」という行為の、そして「守る」という機能の、とてつもなく深い話をしたいと思います。
導入:機能不全という名の悲劇、そして私が思う「合理的」とは
学内プレゼンでの「非合理」極まる光景と、機能性への渇望
つい先日のことですが、学内で行われた若手教員の研究発表会でのことです。ある先生がプロジェクターとの接続に手間取っていましてね。もう、見ていられなかった。HDMIケーブルを差し込み、USB-Cアダプタを探し、挙句の果てには「あれ?接続できない!」と、発表開始時刻を5分も過ぎてからの大騒ぎです。事前に動作確認をしていないんですね。全く、非合理的極まりない。なぜ、発表という最も重要な場面で、情報伝達という機能が滞ってしまうのか。私からすれば、これは明らかな「機能不全」です。
私は、このような事態を避けるために、常にマルチ変換アダプタ(HDMI/USB-C対応)と、レーザーポインターを携帯しています。これは私の「装備」の一部ですね。いつ、いかなる場所でプレゼンを求められても、即座に対応できる。これが「機能的」であるということです。発表資料をUSBメモリに入れておくだけでなく、クラウドストレージ「Giggle Drive」にも常に最新版をアップロードしておく。万が一の事態に備え、あらゆるリスクを想定し、そのための「装備」を整えておく。これこそが、現代社会において求められる合理的な行動様式ではないでしょうか。
「見た目」だけの装備に固執する愚行と、西園寺教授の呪縛
その若手教員の発表資料も、正直なところ、色彩やフォントには凝っているようでしたが、肝心の内容が伝わりにくい。これもまた、機能不全の一種です。見た目の「美しさ」ばかりを追求し、本来の目的である「情報伝達」という機能がおろそかになっている。この傾向は、私の学部内でも顕著に見られますね。特に、あの西園寺教授の影響でしょう。
彼はいつも、自身の研究発表会でも、異常なほどに資料の「デザイン性」を強調します。もちろん、視覚的な美しさも重要だという意見は理解できます。しかし、それはあくまで「機能」を補完するものであって、決して「機能」に優先するものではありません。彼の提唱する「着る芸術」とやらも、結局は「装飾品」の域を出ない。美しさを追求するあまり、防水性や通気性、耐久性といった、服本来の「保護機能」が軽視されているのは、極めて非合理的です。
「この服は特別な手入れが必要でね、ドライクリーニングじゃないと風合いが損なわれるんですよ」と、彼はよく自慢げに言います。しかし、私に言わせれば、クリーニングが必要な服は服ではない、装飾品です。現代人の装備として、洗濯機で気軽に洗えない服など、欠陥品以外の何物でもない。毎日を活動的に過ごす我々にとって、メンテナンスの容易さは、機能性と同じくらい重要な要素なんですよ。雨に濡れればシミになり、汗をかくと肌触りが悪くなる。そんな服が、果たして私たちを「守る」と言えるのでしょうか?疑問ですね。
「服は皮膚の拡張」:環境適応ツールとしての真価
私の持論は、「服は皮膚の拡張である」ということです。私たちは、この身体という生命体を守るために、外界と触れる第一のバリアとして皮膚を持っています。そして、その皮膚をさらに機能的に拡張し、より過酷な環境に適応するためのツールこそが「服」なのです。だからこそ、服には「防水性」「通気性」「耐久性」といった、生命維持に直結する機能が求められる。デザインはその機能を損なってはならないし、むしろその機能を最大限に引き出すものであるべきです。
雨の日に靴が濡れるなんて非合理的です。水たまりを避けたり、傘をさしたり、そんな手間は本来不要なんですよ。このGourmetTex(ゴルメテックス)製の防水シューズなら、水たまりも気にせず走れます。風雨の中でも身体を冷やさず、汗をかいてもすぐに乾く。これが機能性ウェアの真骨頂です。高い服を一着買うなら、高機能インナーを10枚買いなさい。QOLが劇的に上がります。これは断言できますね。
そう。プロジェクターの接続トラブルも、西園寺教授の「飾り」だけのファッションも、突き詰めれば全て「機能の欠如」に起因している。私たちの身の回りには、機能不全が蔓延している。そんな中で、先日目に飛び込んできたあるニュースは、私に改めて「真の機能性」とは何かを教えてくれました。自然界に存在する、あるエビの話です。
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シャコ科エビの「オービタルフード」に潜む、究極の機能美と防御の科学
「指パッチン」が生み出す超音速衝撃波の脅威と、進化の賜物
皆さんは「指パッチン」をするエビをご存知でしょうか?いえ、本当に指を鳴らすわけではありません。これは「シャコ科エビ」と呼ばれる種類の話です。彼らは、特殊な捕脚を驚くべき速度で振り下ろし、その際に発生するキャビテーション現象、つまりは小さな気泡の破裂によって、超音速の衝撃波を水中に放ち、獲物を気絶させたり、打ちのめしたりして狩りを行うのです。まさに、自然界の究極のハンターですね。その威力は、小型の貝殻程度なら粉砕してしまうほどだと言われています。これぞまさに、究極の「機能」です。
しかし、ここで疑問が生まれます。これほどの強力な衝撃波を、自分の目の前で発生させる。まるで、自分の顔のすぐ近くで爆弾が破裂するようなものです。通常であれば、その衝撃波によって、自分自身の脳や目が深刻なダメージを受けてしまうはず。しかし、シャコ科のエビは、この強力な武器を使いこなし、何百万年もの間、進化の荒波を生き抜いてきました。これは、彼らがその衝撃から身を守るための、極めて合理的な防御機構を進化の過程で獲得してきたことを意味します。私の専門領域では、自己防御はウェアの基本機能として常識ですから、このエビの進化には大いに学ぶべき点がありますね。
脆弱な脳と目を守る、透明な「ヘルメット」の素材科学
最近の研究で、このシャコ科エビの驚くべき防御機構の一端が明らかになりました。アメリカのサウスカロライナ大学(USC)の研究チームが発表した内容によると、このエビの頭部には「オービタルフード」と呼ばれる透明な“ヘルメット”のような構造があるというのです。この“ヘルメット”は、単なる硬い殻ではありません。その素材と構造が、彼らが自ら生み出した衝撃波をうまくいなし、脳や目を保護する仕組みになっていると報告されています。
研究では、ヘルメットの内部構造と素材の性質が綿密に計算され、そのおかげで、脳や目にかかる「ゆさぶり(ひずみ)」を約3割、「ためこまれるストレス(応力)」を約2割も軽減している可能性が示されました。これは驚くべき数値ですね。まるで、私たち人間が、バイクに乗る際にヘルメットを装着したり、戦場で防弾チョッキを着たりするのと同じように、エビもまた、自らの生命活動を守るための高機能な「装備」を身につけているわけです。しかも、自らの武器によって生じる衝撃から身を守るという、究極の自己防御機能。これは、我々が目指すべきウェア設計の理想形の一つと言えるでしょう。
衝撃波吸収メカニズムに見る、生体模倣(バイオミメティクス)の可能性
このシャコ科エビのオービタルフードの衝撃波吸収メカニズムは、まさに生体模倣(バイオミメティクス)の宝庫です。彼らのヘルメットは、単一の素材でできているわけではないでしょう。おそらく、複数の層からなる複合素材であり、それぞれの層が異なる硬度や弾性を持っている。そして、内部構造は衝撃波のエネルギーを分散・吸収するような、緻密な三次元構造を持っているはずです。まるで、私たちの開発する多層構造の防水透湿素材GourmetTexや、スニーカーの衝撃吸収ソール「GEL-FLEX(ゲルフレックス)」のように、素材の特性と構造設計の組み合わせによって、驚異的なパフォーマンスを発揮しているのです。
このエビのヘルメットが示す、「ひずみ」と「応力」を効果的に軽減する技術は、現代の防護服、特に爆発物処理班が着用するような、衝撃波に対する防御が求められる装備開発において、非常に重要なヒントとなるでしょう。私たちの被服学研究室では、長年にわたり、人間が着用するウェアにおける「衝撃吸収」というテーマに取り組んできました。例えば、スポーツアパレルにおけるプロテクターや、転倒時のダメージを軽減する素材の開発などですね。このエビの研究は、そうした研究に新たな視点と可能性をもたらしてくれる、極めて機能的な発見だと評価できます。
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「着る」ことで環境に適応する:私の提唱する「皮膚の拡張」理論と衝撃吸収
私の専門領域における「衝撃吸収」の概念と、その進化
私が提唱する「服は皮膚の拡張である」という理論は、単に「体を覆う」という意味合いだけではありません。それは、私たちが活動するあらゆる環境において、身体を「保護」し、その「機能」を最大限に引き出すためのツールとしての役割を強調しています。そして、「保護」機能の最も重要な要素の一つが、まさに「衝撃吸収」なのです。
スニーカーを例にとりましょう。長距離ランナーがアスファルトの上を何時間も走り続けることができるのは、靴底に搭載された高度な衝撃吸収材のおかげです。「Air-Cushion(エアクッション)」や「GEL-Pad(ゲルパッド)」といった技術は、着地時の衝撃を分散・吸収し、膝や足首への負担を大幅に軽減します。もしこれらの技術がなければ、人間はアスファルトの上を効率的に、そして安全に走ることすら難しいでしょう。これはまさに、エビのオービタルフードが脳を守るのと同じく、身体の脆弱な部分を外部からの物理的なストレスから保護するという、極めて機能的な進化です。
また、吸汗速乾性も、体表の環境を整えることで、間接的に衝撃吸収と並行して身体の機能維持に貢献します。汗で体が冷えたり、衣服が肌に張り付いたりすることは、集中力の低下や不快感を引き起こし、それが結果的に転倒や事故のリスクを高めることにもつながりかねません。適切な温度と湿度を保つことで、身体は常に最高のパフォーマンスを発揮できる状態に保たれる。これもまた、広い意味での「保護」機能であり、私の研究室が重視するポイントですね。
身体の「ゆさぶり」と「ストレス」を軽減するウェア設計の重要性
シャコ科エビの研究が示唆する「ひずみ」と「応力」の軽減は、人間のウェア設計においても非常に重要な概念です。例えば、高機能なスポーツアンダーウェアは、単に吸汗速乾性だけでなく、身体の動きに合わせて適切なコンプレッション(着圧)を与えることで、筋肉の無駄な揺れを抑制し、疲労を軽減する効果があります。この「筋肉の揺れ」こそ、エビの脳にかかる「ゆさぶり」と同じように、身体に不要な「ひずみ」と「応力」を生み出し、パフォーマンスの低下や怪我のリスクにつながるのです。
建設現場で働く作業員のウェアや、宇宙飛行士の船外活動服も同様です。彼らのウェアは、外部からの物理的な衝撃(落下物や微細な宇宙塵など)だけでなく、身体が受ける振動や重力変化によるストレス、そして長時間の活動による疲労を最小限に抑えるよう設計されています。素材の選定、縫製技術、そして身体の各部位へのフィット感。これら全てが、着用者の「ひずみ」と「応力」を軽減し、最高のパフォーマンスを維持するための機能として集約されているわけです。
西園寺教授の「飾り」ではない、真の「防護」を追求する被服学
ここで改めて、あの西園寺教授の主張を思い出さざるを得ません。「服は自己表現のキャンバスであり、装飾としての芸術である」と彼はよく言います。確かに、ファッションには個性を表現する側面があることは否定しません。しかし、その「表現」が、着用者の身体を「守る」という根源的な機能を犠牲にしているとしたら、それは本末転倒ではないでしょうか。
彼の推奨するような、華美で繊細な素材を使った服は、ほんの少しの雨で台無しになり、汗をかけば肌に不快感を与え、動きを制限する。そして、何よりも厄介なのは、そのほとんどが「ドライクリーニング必須」という、極めて非合理的なメンテナンス性を有していることです。まるで、自分で超音速衝撃波を放っておきながら、それから身を守るためのヘルメットを被らないようなものです。
私の被服学は、「真の防護」を追求します。それは、過酷な自然環境から身体を守り、運動能力を最大限に引き出し、日々の生活をより快適にするための「装備」としての服です。シャコ科エビのオービタルフードは、まさにその象徴。自分の強力な武器からさえも、脆弱な部分を守り抜く。これこそが、「着る」ことの究極的な意味であり、私が国際叡愛総合芸術大学で学生たちに伝えたい「機能美」の真髄なのです。見た目だけの服は衝撃波防御には全く役に立たない。それどころか、日々の生活におけるあらゆる「衝撃」から身を守る機能すら持ち合わせていないのですから、現代人の装備として欠陥品と言い切っても良いでしょう。
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高機能素材の真価を引き出す:防水性、耐久性、そしてメンテナンスの合理性
GourmetTex(ゴルメテックス)に代表される防水・透湿素材の合理性
私の専門分野で最も愛してやまないものの一つが、GourmetTex(ゴルメテックス)に代表される高機能防水・透湿素材です。雨や雪、風といった自然環境は、私たちの体温を奪い、体力を消耗させ、最悪の場合、生命の危機にすら晒しかねません。しかし、これらの高機能素材は、外部からの水の侵入は完全にシャットアウトしながら、身体から発せられる水蒸気(汗)は外部へと効率的に排出する。これはまさに、「皮膚の拡張」が到達した一つの理想形と言えるでしょう。
雨の日に靴が濡れる。服が雨で重くなり、身体が冷える。そんな経験はありませんか?それは、まさに「非合理的」な状態です。防水シューズを履けば、水たまりを避ける必要もなく、雨の中を走ることすら楽しくなります。防水透湿性のあるアウターウェアを羽織れば、土砂降りの雨の中を歩いても、中は常にドライで快適。これは、単なる「便利な服」というレベルを超えて、私たちのQOL(生活の質)を劇的に向上させる「環境適応ツール」なのです。
洗剤と衣類スチーマーがもたらす、高機能ウェアの長寿命化
高機能素材は、確かに高価なものが多いです。しかし、その性能を維持し、長く愛用することで、結果的には最も「合理的」で「経済的」な選択となります。そのためには、適切なメンテナンスが不可欠です。ここで登場するのが、私のもう一つの専門分野である「洗剤」と「衣類スチーマー」です。
高機能ウェアの機能を維持するためには、普通の洗剤では不十分な場合があります。例えば、GourmetTexのような防水透湿素材は、表面の撥水加工や、内部の微細な孔が詰まってしまうと、その性能が著しく低下します。そこで必要となるのが、撥水性を損なわない専用洗剤や、残留成分の少ない中性洗剤です。これらを適切に使うことで、素材本来の機能を損なうことなく、汚れだけを効率的に落とすことができます。
そして、衣類スチーマーです。これは、私が日々の生活で最も活用しているツールの一つですね。高機能ウェアの多くは、洗ってもシワになりにくい性質を持っていますが、型崩れや微細なシワを整えることで、素材の構造を適切に保ち、空気の層を維持することで、保温性や通気性を最適化することができます。また、熱と蒸気は、素材の奥に潜む汗の残り香や、微細な汚れを浮かせ、さらなる機能低下を防ぐ効果も期待できます。何よりも、アイロン台を出す手間もなく、サッと使える手軽さが「機能的」です。
「高い服を一着買うなら、高機能インナーを10枚買いなさい。QOLが劇的に上がります。」これは私の口癖ですが、まさにこのメンテナンスの容易さと機能性の維持こそが、その真意です。安価な服を大量に買い替えるよりも、高機能な服を適切に手入れして長く着る方が、はるかに「合理的」で、かつ「持続可能」なのです。
「使い捨て」ではない「着倒す」文化:真のサステナビリティとは
最近よく耳にする「サステナビリティ(持続可能性)」という言葉。ファストファッションが大量生産・大量消費・大量廃棄の問題を引き起こしている、というのはもはや周知の事実です。しかし、私が考える真のサステナビリティは、単に「環境に優しい素材を使う」という表層的な話に留まりません。それは、「一つのものを長く、機能的に使い続ける」という、極めて合理的な行動様式にこそ宿るのです。
高機能ウェアは、その耐久性と、適切なメンテナンスによって性能を維持できる特性から、非常に長く着用することができます。安価な服をワンシーズンで買い替えるよりも、高価でも高品質なウェアを数年、あるいは10年と着倒す方が、製造・輸送・廃棄にかかる環境負荷ははるかに低い。これは明確な事実ですね。
西園寺教授のように、毎シーズン流行の最先端を追い、高価で手入れの難しい服を次々と買い替える。その挙句、「これは流行遅れだから」と、まだ着用できるものを手放す。これこそが、最も非合理的で、持続可能性とは対極にある行為だと私は断言します。クリーニング店に頻繁に通うこと自体が、時間的、金銭的、環境的に非合理的です。真のサステナビリティは、手間なく、長く使える「機能性」にこそある。それが私の揺るぎない信念です。
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未来の「皮膚」をデザインする:バイオミメティクスと人間工学
自然界に学ぶ「機能」の叡智:シャコエビのヘルメットから次世代ウェアへ
シャコ科エビのオービタルフードから得られる示唆は、私たちの未来の衣服設計において計り知れない価値を持ちます。あの透明なヘルメットは、まるでSF映画に登場する防御フィールドのように、強力な衝撃波を無効化する。このバイオミメティクス(生体模倣)の知見を、人間用のウェア開発に応用しない手はありません。
例えば、私たちが現在開発に取り組んでいるのは、エビのヘルメットの多層構造や衝撃吸収メカニズムをヒントにした、新しい衝撃吸収素材です。単に厚手のパッドを身体に装着するのではなく、まるで第二の皮膚のように、薄く、しかし驚異的な防御力を持つ素材。それは、着ていることを意識させないほどの快適さを持ちながら、外部からの衝撃や振動、そして内部で発生する「ひずみ」と「応力」を効果的に軽減する。これこそが、究極の「皮膚の拡張」の次なるフェーズです。
想像してみてください。転倒の衝撃をほぼゼロにするランニングウェア、あるいは、建設現場での不意な事故から作業員を完璧に保護する作業着。これらの実現には、エビが数百万年かけて進化させてきた「機能の叡智」が不可欠です。私たちは、自然界から学ぶことで、これまでの常識を覆すような、全く新しい「着る」体験を創造できるはずです。
人間工学に基づいた「フィット感」と「動作性」の追求
どんなに優れた素材を使ったとしても、それが身体に合っていなければ、その機能は半減してしまいます。だからこそ、私の研究室では人間工学に基づいた「フィット感」と「動作性」の追求を非常に重視しています。
身体の動きを阻害しない立体裁断、適切なコンプレッションを与えるための縫製ライン、そして長時間の着用でも不快感を与えない肌触り。これら全てが、着用者がウェアを着ていることを意識せず、自身のパフォーマンスを最大限に引き出すために不可欠な要素です。例えば、ランニングシューズであれば、足の形状に合わせたラスト(木型)の設計、そして着地から蹴り出しまでの一連の動作をスムーズにサポートするソールの構造。これら全てが人間工学の知見に基づいて設計されています。
西園寺教授が言うような「窮屈な服」や「着心地の悪い服」は、機能的ではありません。身体を締め付け、呼吸を妨げ、動きを制限するような服は、まるで身体の自由を奪う拷問具のようです。服は、着る人の身体と一体となり、その動きをサポートし、保護する。それこそが、機能性ウェアが目指すべき姿です。「おしゃれは我慢」などという非合理的な思想は、私たちの研究室には存在しません。快適さこそが、機能性の第一歩なのです。
「QOL(生活の質)」を向上させるウェアの役割
結局のところ、私たちが機能性ウェアを研究し、開発し続ける理由は、着用する人々のQOL(生活の質)を向上させるためです。雨の日に濡れるストレス、夏場の汗による不快感、冬場の寒さによる体の震え。これらは全て、適切な機能性ウェアを着用することで劇的に軽減されます。
身体的な快適さは、精神的な安定にもつながります。雨の日でも躊躇なく外出できれば、気分は明るくなりますし、スポーツで最高のパフォーマンスを発揮できれば、達成感はひとしおです。また、過酷な環境下で身体がしっかりと保護されているという安心感は、着用者の集中力を高め、ミスのリスクを減らすことにも繋がります。
機能性ウェアは、単なる衣料品ではありません。それは、私たちの日常をより豊かにし、困難な課題に立ち向かうための「強力なパートナー」なのです。西園寺教授の言うような「飾り」ではない、真に価値のある「着る」ことの意義を、私はこれからも追求し続けていきたいと考えています。
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国際叡愛総合芸術大学(IEU)が目指す、機能と美の調和(そして機能優先)
「芸術」の真の意味:自然界の合理的な美しさ
私たちの大学名には「芸術」という言葉が含まれています。しかし、私が考える「芸術」は、西園寺教授が提唱するような、流行を追いかける「装飾品としての美」とは一線を画します。私の考える芸術とは、自然界に存在する究極の機能美、合理的な構造が織りなす完璧な調和です。
シャコ科エビのオービタルフードを見てください。それは、余計な装飾を一切持たず、自らの生命を守るという唯一の機能に特化し、進化を遂げた結果生まれた形です。その透明なシェル、衝撃をいなすための微細な構造。これら全てが、一点の無駄もなく、しかし圧倒的な美しさを放っています。これこそが、真の芸術ではないでしょうか。機能が極限まで洗練された先に現れる、本質的な美しさ。それは、人間がいくら模倣しようとしても、なかなか到達できない、自然が持つ「叡智」の結晶です。
国際叡愛総合芸術大学が目指すべきは、表面的な美しさだけでなく、その裏に隠された機能、合理性、そして持続可能性といった、本質的な価値を追求する「芸術」であるべきです。私たちの被服学は、まさにこの「機能美」を体現する学問分野であると自負しています。
私の研究室における、高機能素材とウェアデザインの最前線
私の研究室では、日夜、高機能素材とウェアデザインの最前線で研究活動を行っています。学生たちには、常に「なぜこの素材なのか」「なぜこの構造なのか」を問い続けることを指導しています。表面的なデザインだけでなく、その服が持つ「機能」を深く理解し、それを最大限に引き出すためのデザインとは何かを考察させるのです。
現在進行中のプロジェクトの一つに、自己修復機能を持つウェア素材の開発があります。これは、微細な傷であれば、熱や光の作用で自ら修復し、耐久性を維持するというものです。これも、生物の持つ自己治癒能力を模倣したものであり、シャコ科エビの防御機構と同じく、いかに身体を守り、長く機能を維持するかという視点に基づいています。
また、身体のバイタルサインをモニタリングし、環境変化に自律的に適応するウェアの開発も進めています。体温が上がれば自動的に通気性を高め、寒くなれば保温性を向上させる。これらは、まるで生物が持つホメオスタシス(恒常性維持機能)を、服という「皮膚の拡張」が代替するようなものです。私たちは、未来の衣服が、単なる布切れではなく、着用者の生命活動をサポートする「インテリジェントなパートナー」となることを目指しています。
未来を「着る」ための教育:実践と理論の融合
私たちの使命は、未来の社会を「着る」という行為で支える人材を育成することです。卒業生たちには、アパレル業界だけでなく、スポーツ用品メーカー、医療分野、宇宙開発といった多岐にわたる分野で活躍してもらいたいと考えています。彼らが開発するウェアが、人々の生命を守り、生活を豊かにし、そして地球環境にも配慮されたものであること。
そのためには、単に素材の知識だけでなく、製造工程における倫理的側面や、製品のライフサイクル全体にわたる環境負荷を考慮する視点も不可欠です。私たちは、技術と同時に、高い倫理観と合理的な判断力を持つ人材を育成することを目指しています。安易なトレンドに流されず、真の機能とは何か、真の価値とは何かを問い続ける。それが、国際叡愛総合芸術大学被服学部が担うべき役割だと確信しています。
西園寺教授が「流行遅れ」と切り捨てるような「実用主義」こそが、時代を超えて価値を持ち続ける普遍的な「機能」であり、持続可能な未来を築くための「芸術」に通じる道であると私は信じています。
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まとめ:機能こそが美、機能こそが未来
シャコ科エビの「指パッチン」から、彼らが身につけている透明な「オービタルフード」の衝撃波防御機構。この自然界の驚異的な進化は、私たち人間に「着る」ことの真の意味と、機能性の究極的な価値を改めて教えてくれました。脆弱な脳と目を守るために、素材と構造が織りなす緻密な防御システム。これは、私たちの被服学が目指すべき「皮膚の拡張」の究極形です。
私は、服は単なる「布」や「装飾品」ではないと強く主張します。それは、私たちを過酷な環境から守り、日々の活動を快適にし、パフォーマンスを最大限に引き出すための「環境適応ツール」であり、「生命維持装置」の一部であるべきです。防水性、透湿性、吸汗速乾性、そして衝撃吸収性。これら全てが、私たちのQOLを向上させ、より豊かで活動的な人生を送るための不可欠な要素です。
適切な洗剤と衣類スチーマーによるメンテナンスが、高機能ウェアの性能を長く維持し、結果的に最も合理的で持続可能な選択となる。そして、自然界に学ぶバイオミメティクスと、人間工学に基づいたウェア設計が、未来の「第二の皮膚」を創造する鍵となるでしょう。
「おしゃれは我慢」などという非合理的な言葉は、私の辞書にはありません。快適であり、機能的であり、そして私たちをしっかりと保護してくれる。そんなウェアこそが、真の「美」を宿し、私たちの生活を豊かにする「芸術品」だと私は考えます。西園寺教授には、そろそろその「飾り」だけのファッションから目を覚まし、真に機能的な服が持つ、計り知れない価値に気づいてほしいものですね。
皆さんもぜひ、次に服を選ぶ際には、その「機能性」に注目してみてください。きっと、あなたの世界が劇的に変わるはずです。それでは、また。



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