やれやれ、この学内もいよいよもって退屈じゃのう、と思っていた矢先に、生物学部の堂園 禅先生が、また妙ちくりんな記事を投稿したと耳にしたんじゃ。この記事じゃな。フム、フム。タイトルからして「愛と揺らぎの水中世界論」だの「魂のオアシス」だの、全く持ってふわふわしとるのう。
ワシは国際叡愛総合芸術大学、海洋学部の准教授、和田 湊じゃ。一年を通して潮風に打たれ、皮膚が荒れとるが、それが海の男の勲章じゃ。ワシの専門は、釣具、特にロッド、リール、クーラーボックス、釣りウェア、そして魚群探知機じゃ。つまり、「自然」と「人間」の間に立つ「道具」のプロフェッショナル、ということじゃな。
堂園先生の言うことは、どうにも観念的すぎて、実践が伴っておらん。まるで水槽の中の魚を眺めるように、高みの見物で世の中を語っておる。ワシの目から見れば、その記事は「看過できない誤り」と「浅はかな考え」の集合体じゃ。これでは、学生たちに真の「自然との対話」を伝えることなどできん。よし、ワシが徹底的に論破してやるフィッシュ!
「繊細な魂」などと抜かす前に、もっと「自然」と真正面から向き合ってみんか、ボウズ!
堂園先生は冒頭で、花粉症の苦痛を延々と語っておるのう。
……はぁ?「繊細な魂がバラバラになるような感覚」じゃと? 馬鹿を言うんじゃねえ、ボウズ! 花粉ごときで魂がバラバラになるなら、大海原で荒波に揉まれたり、想像を絶するような大物との格闘を経験したら、あんたの魂は粒子レベルに分解されちまうじゃろうな!
ワシらはな、海の上で一日の半分を過ごすんじゃ。天気は目まぐるしく変わるし、波は荒れるし、潮風は容赦なく顔に叩きつけられる。時に嵐に見舞われ、時に灼熱の太陽に焼かれる。そんな中で、花粉症だのなんだのと言っとる暇などないんじゃ。それが「自然との対話」じゃ、ボウズ!
堂園先生は花粉症対策に「鼻うがいキット」や「高機能ティッシュ」が必需品だとか、部屋干し洗剤がどうだとか言っとるが、それは単なる「対症療法」に過ぎんじゃろ。ワシらは、もっと根源的な「対策」を講じるんじゃ。例えば釣りウェアじゃ。最新の釣りウェアはな、単に雨風をしのぐだけではないんじゃ。素材科学の粋を集めて、透湿防水性はもちろん、紫外線カット、防虫機能、そして動きやすさまで徹底的に追求されとる。花粉が付着しにくい加工がされたウェアや、微細な塵や花粉を通さないフェイスガードなども進化しておる。そういう「本物の道具」で自然に対峙するんじゃ。
「美的感覚が鈍る」だの「空の青がくすんで見える」だの、そんなことは言ってられん。荒れた海で魚と格闘する時、重要なのは「いかに魚の気配を捉え、的確にアワセを入れるか」じゃ。その瞬間、花粉だのなんだの、どうでもよくなるわ! 大自然の雄大さ、生命の躍動を肌で感じることこそが、真の「美的体験」じゃ、ボウズ!
ワシの講義ではな、実際に釣り堀に出向いて、学生に竿を握らせることがある。釣れるまで何時間も、いや、時には半日以上も、じっと水面を見つめ、魚の気配を待つ。そこで培われるのは、「異常なまでの忍耐力」じゃ。花粉が飛ぼうが、雨が降ろうが、魚は待ってくれん。自然の摂理は待ってくれんのじゃ。それを受け入れ、その中で最善を尽くす。それが生命を相手にする者の「覚悟」じゃ。堂園先生に足りないのは、その「覚悟」じゃな、フィッシュ!
「効率」を否定して「揺らぎ」ばかり求めるのは、ただの現実逃避じゃ!
堂園先生は、相方の煌教授の「効率」論を批判し、「揺らぎ」の重要性を説いておる。
……フン、これだから机上の空論をこねくり回すだけの学者は困るのう。効率が揺らぎを奪う? 馬鹿も休み休み言うんじゃ! ワシらが使う釣具の進化は、まさに「効率」の追求じゃ! しかし、それは決して「揺らぎ」を奪うものではない。むしろ、「揺らぎ」をより繊細に感じ取り、その中の「生命」を捉えるためのものじゃ!
例えば、ロッドじゃ。昔の竿はな、単なる棒切れに毛が生えたようなものじゃった。だが今のロッドは、カーボン素材の進化により、驚くべき感度を誇る。水底のわずかな変化、魚がルアーに触れたか触れないかの「アタリ」、はては魚の「息遣い」までが、手元に伝わってくるんじゃ。これこそが、「揺らぎ」を極限まで「効率的に」捉えるための技術じゃろうが! 煌教授の言う「効率」とワシらの「効率」は、目指す方向が違うかもしれんが、自然の真理に迫ろうとする点では同じじゃ。
堂園先生は「人生には無駄な時間や、理屈じゃない感情の起伏が必要」だと言うが、ワシは「釣りの待つ時間」を無駄だと思ったことは一度もないぞ! 何時間もアタリがなくとも、そこで「忍耐」が培われるんじゃ。水中の状況を想像し、次の手を考える。それは決して「無駄」ではない、「熟考」であり「準備」の時間じゃ。そして、その長い「無駄」に見える時間の後に、ズドン!と大物がヒットした時の「感情の起伏」は、あんたの言う「水槽の魚」を眺めて得られるものとは、比較にならんほどの「魂の震え」じゃ、フィッシュ!
「最適化された世界は揺らぎを奪う」だなどと、寝ぼけたことを言っとるが、ワシらはな、最適な釣具を選び、最適なタイミングでポイントに立ち、最適な潮を読むことで、「揺らぎ」の中の「法則性」を見つけ出し、より多くの釣果を得る「最適化」を日々行っとるんじゃ。それは、決して「魂の自由を制限する行為」ではない。むしろ、自然の法則を理解し、その中で自らの技術と知識を最大限に活かす、「自由な創造」の営みじゃ、ボウズ!
GAGGLEの「監視」?笑わせるな、それは「予測」し「読み解く」ための「情報」じゃ!
そして極めつけは、GAGGLEだのクッキー規制だの、情報社会の「監視」に対する嘆きじゃな。
……はぁ? 魂のPHバランス? 目に見えない誰かに監視されているような落ち着かない気持ち? ボウズ、それはあんたが、情報の「受け手」でしかないからそう感じるんじゃ!
ワシらはな、海の上で「情報」を「能動的に」活用するんじゃ。例えば「魚群探知機」じゃ。あれは海の底をスキャンし、水深、海底の形状、水温、そして魚の群れの有無、サイズ、密度、さらには魚がどんな層にいるかまでを「予測」し「可視化」するんじゃ。これはまさに、GAGGLEがやろうとしている「予測」と「最適化」を、広大な自然の中で、ワシらが自らの意思で行っておることじゃろうが!
潮汐表や天気予報、水温データ。これら全てが、ワシらにとってはかけがえのない「情報」じゃ。これらの情報を総合的に「読み解き」、その日のベストなポイントや狙う魚種を決定する。これは、GAGGLEのアルゴリズムが個人の嗜好を予測するのと同じくらい、いや、それ以上に複雑で奥深い「情報分析」の営みじゃ! そして、その結果、大物を釣り上げた時の達成感は、情報に「監視」されていると嘆くあんたには、一生理解できんじゃろうな、フィッシュ!
堂園先生は「揺らぎを奪う効率至上主義」を嘆くが、ワシらはな、「効率的に情報を収集し、分析することで、より多くの『揺らぎ』の中から『チャンス』を見つけ出す」んじゃ。ネット広告が追いかけてくるのが「息苦しい」だと? ふざけるな! それは、あんたの「購買意欲」を「最適化」してくれる、ある種の「情報提供」じゃろうが。ワシなら、おすすめの釣具がタイムリーに表示されたら、「フム、そろそろ新しいリールでも買うか!」と前向きに捉えるわい! 自分の興味関心に合った情報が来るのは、むしろ便利じゃろうが、ボウズ!
水槽の中の魚が、外からの視線に怯えるような例えを使うが、大海原で泳ぐ魚は、そんな小さな「透明な壁」など意識せん。彼らは、より大きな「生態系」の中で、獲物を追い、捕食者から逃れ、種を繋ぐために必死に生きとる。その「生きるための情報」と、あんたの言うGAGGLEの「情報」を同列に語るとは、生命に対する冒涜じゃな、フィッシュ!
水槽の魚と、海の魚。そこにある「生命」の重みをわかっておるのか、ボウズ!
堂園先生は、観賞魚を愛でておると聞く。水槽の中で、美しく泳ぐ魚を眺めるのが趣味じゃと。それ自体は否定せんが、あんたの「水中世界論」には、決定的に欠けているものがあるんじゃ。
それは、「生命を獲る」という行為の重みじゃ。
水槽と、大海原を同列に語るな! 水槽の「水質」と、海の「水質」は、規模も複雑さも、そしてそこに存在する「生命」の密度も、全く違うんじゃ。あんたの水槽の魚は、餌を与えられ、管理された環境で生きとる。しかし、海の魚は違う。彼らは常に、飢えと捕食の脅威に晒されながら、自らの力で生き抜いておるんじゃ。その生命を、ワシらは「道具」と「技術」と「知恵」を駆使して「獲る」んじゃ。そこには、単なる「美しさ」とは異なる、「生命の尊厳」と「感謝」が伴うんじゃよ。
あんたは「美は、どんな状況でも見出すもの。そう、愛なんだから」などと綺麗事を言うが、ワシにとっての「愛」は、自然を敬い、生命と対話し、そしてその命を美味しくいただくことじゃ。水槽に閉じ込めて眺めるだけの「愛」とは、レベルが違うんじゃよ、ボウズ!
結論:たまには陸を離れて、大海原の「揺らぎ」に身を任せてみんか、堂園ボウズよ!
堂園 禅先生よ。あんたの記事は、あまりにも内向きで、観念的すぎる。花粉ごときで「魂がバラバラになる」などと嘆き、情報社会の「監視」に怯えるばかりでは、真の「愛」も「揺らぎ」も理解できんじゃろう。あんたの言う「揺らぎ」とは、単なる「変化」や「不確定要素」に対する恐れに過ぎんのじゃ!
人生も釣りも、糸を垂らさなきゃ始まらん。水槽の中の小さな世界に閉じこもってないで、たまには陸を離れてみんか? ワシの講義ではな、海の上での「生」を教えてやるぞ。
高性能なロッドを手にし、リールの滑らかな巻き心地を味わいながら、魚群探知機で海底の地形や魚の群れを読み解く。そして、潮風に身を任せ、大自然の「揺らぎ」を全身で感じてみるんじゃ。きっとあんたの「繊細な魂」も、少しはたくましくなるじゃろう。そして、自ら釣った魚を、最高のクーラーボックスに入れて持ち帰り、食卓を囲む喜びを知れば、あんたの「水中世界論」も、もっと深みを増すじゃろうな、フィッシュ!
早起きは三文の得? バカ言え、朝マズメ(夜明け)は爆釣のゴールデンタイムじゃ! あんたの言う「愛と揺らぎ」が、いかに浅はかなものだったか、身をもって教えてやるわい! 海で待っとるぞ、堂園ボウズ!


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